人事は今、大きな岐路に立たされています。従来型の採用・育成・評価といった管理業務だけでは、激しい環境変化や人材獲得競争に対応できなくなってきているのです。多くの人事担当者が「戦略的な人事」の必要性を感じながらも、具体的な方法が分からず悩んでいるのではないでしょうか。
そこで注目されているのが、経営者のビジネスパートナーとして事業成長を促進する「HRBP(Human Resource Business Partner)」という新しい人事モデルです。本稿では、HRBPの役割や必要なスキル、導入ステップまでを詳しく解説します。これを読めば、あなたの会社に最適な戦略人事の在り方が見えてくるはずです。
目次
HRBPとは:戦略人事の要となる新しい人事機能
近年、企業経営において人事の戦略的な役割が注目を集めています。従来の人事は、採用や労務管理などの管理業務が中心でしたが、激しい環境変化や人材獲得競争の時代においては、より戦略的な人事マネジメントが求められています。
そこで注目されているのが、経営層のビジネスパートナーとして機能するHRBP(Human Resource Business Partner)です。以下では、HRBPの基本概念から実践的な導入方法まで、詳しく解説していきます。
HRBPの定義と基本概念
HRBPとは、Human Resource Business Partnerの略称で、経営者や事業責任者のビジネスパートナーとして、事業成長を人と組織の面からサポートする役割を担います。
この概念は、ミシガンビジネススクール教授のデーブ・ウルリッチが提唱したもので、人事は単なる事務処理係ではなく、経営者の右腕として意思決定に影響を与えるパートナーであるべきという考えに基づいています。HRBPは、採用活動から研修、制度設計まで、人・組織におけるあらゆる手段を通じて事業成長を支援します。
戦略人事における位置づけ
HRBPは、戦略人事を実現する重要な機能として位置づけられています。ウルリッチ教授が提唱した人事の4つの役割(戦略パートナー、変革エージェント、管理エキスパート、従業員チャンピオン)の中で、HRBPは特に戦略パートナーとしての機能を果たします。
経営戦略と人事戦略を連動させ、事業目標の達成に向けて組織全体のパフォーマンスを最大化する役割を担います。HRBPは経営陣と密接に連携し、事業の成長に必要な人材戦略を立案・実行していきます。
従来の人事との違い
従来の人事は、給与計算や勤怠管理、入退社手続きなどの事務作業が中心で、本社の方針に従って業務を遂行する「出張所」的な役割でした。一方、HRBPは経営陣のパートナーとして、事業戦略の実現に向けて能動的に人事施策を提案・実行します。
また、必要に応じて本社人事に対して提案を行ったり、方針に対して異なる意見を述べたりすることもあります。従来の人事が「管理型」だとすれば、HRBPは「戦略型」と位置づけられ、より事業成長への貢献度が高い役割といえます。
なぜ今HRBPが注目されているのか
企業経営を取り巻く環境は、かつてないスピードで変化しています。デジタル化やグローバル化の進展、少子高齢化による人材不足、そして働き方改革など、企業は多くの課題に直面しています。
このような状況下で、従来型の人事管理だけでは十分な対応が困難になってきており、より戦略的な人材マネジメントの必要性が高まっています。以下では、HRBPが注目される背景となっている3つの重要な変化について詳しく解説します。
企業環境の変化
デジタルトランスフォーメーション(DX)とグローバル化の進展により、企業を取り巻く環境は急速に変化しています。AIやIoT、ビッグデータ解析など、新しいテクノロジーがあらゆる事業分野に浸透し、従来のビジネスモデルの変革を迫られています。
このような変化の激しい時代では、わずかな対応の遅れが事業継続に大きな影響を及ぼす可能性があります。人事部門には、環境変化を先読みし、必要な人材を適切なタイミングで確保・育成する能力が求められており、従来の管理業務中心の人事では対応が難しくなっています。
人材市場の変化
少子高齢化により労働人口が減少する中、企業間の人材獲得競争は一層激化しています。特にデジタル人材などの専門性の高い人材の確保は、企業の競争力を左右する重要な課題となっています。また、働き方改革の進展により、従業員のニーズも多様化しており、柔軟な働き方やキャリア開発の機会提供が求められています。
このような状況下では、戦略的な採用計画の立案や、効果的な人材育成プログラムの実施が不可欠となっており、より高度な人事機能が必要とされています。
経営課題の複雑化
現代の経営環境では、市場の変化が速く、競争も激化しています。このような状況下で企業が持続的な成長を実現するためには、経営戦略と人材戦略を密接に連動させることが不可欠です。特に、新規事業の立ち上げや既存事業の転換などの重要な経営判断においては、必要な人材の確保・育成が成否を分ける重要な要素となります。
従来の人事部門とは異なり、HRBPは経営者のパートナーとして戦略的な意思決定に参画し、人材面から経営戦略の実現をサポートする役割を担います。
HRBPの具体的な役割と責務
HRBPは、従来の人事機能を超えて、より戦略的かつ包括的な役割を担います。経営者のビジネスパートナーとして、事業戦略の実現に向けた人材マネジメントを推進し、組織全体の成長と発展に貢献します。以下では、HRBPが担う3つの重要な役割について、具体的な責務とともに解説していきます。
戦略的パートナーとしての役割
HRBPは、経営者や事業責任者の真のビジネスパートナーとして機能します。経営戦略や事業計画を深く理解し、その実現に必要な人材戦略を立案・実行します。具体的には、経営会議への参画や事業計画策定への関与を通じて、人事の視点から戦略的な提言を行います。
また、事業目標の達成に向けて、必要な人材の調達や育成計画を立案し、組織のパフォーマンスを最大化するための施策を推進します。経営陣との信頼関係を構築し、戦略的な意思決定に積極的に関与することがHRBPの重要な責務となります。
組織開発の推進者として
HRBPは組織変革のリーダーとしても重要な役割を果たします。経営者の代理として、現場の従業員と信頼関係を構築しながら、組織の変革を推進します。具体的には、組織診断を通じて現状の課題を可視化し、改善のための具体的な施策を立案します。
また、次世代リーダーの発掘と育成、ダイバーシティ&インクルージョンの推進など、組織の持続的な成長に向けた取り組みも担当します。従業員のエンゲージメント向上や組織文化の醸成など、組織の健全性を維持・向上させる責任も担います。
人材マネジメントのエキスパートとして
HRBPは、人材に関する高度な専門知識と実務経験を活かし、戦略的な人材マネジメントを実践します。採用戦略の立案から、人材育成プログラムの設計、評価制度の構築まで、一貫した視点で人材施策を推進します。
特に、事業戦略に基づいた人材要件の定義や、タレントマネジメントの実践など、より高度な人材マネジメントが求められます。また、従業員のキャリア開発支援や、パフォーマンス管理の最適化など、個々の従業員の成長とモチベーション向上にも貢献します。
企業におけるHRBP導入の成功事例
HRBPの導入を成功させている企業が、日本でも着実に増えてきています。各社がそれぞれの課題や特性に合わせて、HRBPの役割を定義し、効果的に機能させています。ここでは、実際にHRBPを導入し、成果を上げている3つの企業の事例を紹介します。これらの事例から、HRBPの効果的な導入方法や成功のポイントを学ぶことができるでしょう。
ヘルスケアカンパニーA社
A社では、2016年からHRBP体制を導入し、組織変革の重要な推進役として位置づけています。HRBPは事業部責任者のパートナーとして、経営戦略に基づいた組織づくりと人材育成を担当しています。特徴的なのは、HRBPの選任にあたって、人事経験よりも事業経験を重視している点です。
これは、各事業のビジネスモデルを深く理解し、現場の実情に即した人事戦略を立案・実行するためです。HRBPは経営課題を解決するチェンジエージェントとして機能し、組織全体の変革を推進しています。
大手インターネット関連企業B社
B社は2014年からHRBP制度を導入し、「事業に資する人事」の実現を目指しています。最大規模のゲーム事業本部には、全社HR本部とは別に事業部独自のHR機能として「組織開発部」を設置し、HRBPを配置しています。
導入当初、同社は人材の流出や採用の停滞という課題に直面していましたが、HRBPが主導して採用強化とマネジメント体制の整備を実施。具体的には、リファラル採用の強化や給与水準の見直し、マネージャー層の拡充などの施策を展開し、人材の定着と確保に成功しました。
食品・飲料・調味料の大手総合メーカーC社
C社では、ジョブ型人事制度への転換にあたり、「生き方改革」の一環としてHRBPを導入しました。同社のHRBPは、「人材・組織両面の成長を支え促進する」ことを主な目的としています。特筆すべきは、HRBPの人選において、人事経験者ではなく現場経験の豊富なメンバーを起用している点です。
この起用により、現場の実態や課題をより深く理解し、事業戦略と人事戦略をより効果的に結びつけることが可能となっています。HRBPは各現場に赴いて社員の声を直接聞き、それを人材配置やキャリア開発に活かしています。
HRBPに求められるスキル
HRBPとして成功するためには、通常の人事業務に必要なスキルに加えて、より高度で多面的な能力が求められます。経営者のパートナーとして機能するためには、以下の6つの主要なスキルが不可欠です。
- ビジネス理解力:会社のビジョンや事業特性、市場動向の深い理解
- 戦略的思考力:経営目標達成のための論理的な思考と計画立案能力
- 人事に関する専門知識:採用、育成、評価、労務管理などの包括的な知見
- リーダーシップ力:組織変革を推進し、従業員の行動を促す影響力
- コミュニケーション能力:経営層から現場まで、多様なステークホルダーとの効果的な対話力
- 課題解決力:組織の問題を分析し、効果的な解決策を立案・実行する能力
これらのスキルを総合的に活用することで、HRBPは経営戦略の実現と組織の持続的な成長に貢献することができます。
HRBP導入のステップと注意点
導入ステップ
HRBP導入の成功には、以下の5つのステップを着実に進めることが重要です。
- 目的の明確化:経営ビジョンや目標を踏まえ、HRBPを導入する目的と期待される効果を明確にします。組織にとってHRBPがなぜ必要か、どのようなメリットがあるのかを十分に検討します。
- 役割と責任の定義:経営層とHRBPの関係性を明確にし、それぞれが担う役割と責任を具体的に定義します。既存の人事部門との役割分担も明確にしておく必要があります。
- 実行体制の構築:HRBPを効果的に機能させるための組織体制を整備します。経営層との連携方法や、実務を遂行するためのチーム体制を確立します。
- トライアル運用:一部の部門や限定的な範囲でHRBPの試験的な運用を開始します。この段階で現場との信頼関係を構築し、HRBPの存在価値を示していきます。
- 評価と改善:トライアル運用の結果を評価し、必要な改善を加えながら本格的な運用へと移行します。
注意点
HRBP導入時には、以下の点に特に注意を払う必要があります。
- 経営層との連携:HRBPには経営層に近い裁量権を与え、対等なパートナーとして機能できる環境を整備することが重要です。
- 段階的なアプローチ:一度に全社展開するのではなく、段階的に導入を進めることで、現場の理解と受容を促します。
- 人材の選定:HRBPを担う人材には、ビジネス理解力とコミュニケーション能力が不可欠です。適切な人材の選定と育成に十分な時間を掛けましょう。
- 支援体制の構築:HRBPを単独で機能させるのではなく、サポートチームの整備など、適切な支援体制を構築することが重要です。
これらの点に留意しながら、計画的にHRBPの導入を進めることで、より効果的な戦略人事の実現が可能となります。
まとめ
HRBPは、経営戦略と人事戦略を結びつける次世代の人事モデルです。企業環境や人材市場の変化に対応し、戦略的な人材マネジメントを実現することで、組織の競争力を向上させる重要な役割を果たします。
HRBPを導入することで、迅速な課題解決や従業員の成長支援が可能になり、企業の持続的な成長を促進します。この記事を参考に、HRBPの導入を検討し、自社に適した形で人事戦略を進化させてみてはいかがでしょうか。